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ヨーゼフ・クライナー編「ケンペルのみたトクガワ・ジャパン」を読む

東京都中央区 日本橋


 鎖国という概念は日本が独自に作ったものではない。鎖国という言葉は、1801(享和元)年、志筑忠雄が西洋の本を翻訳する際に使った訳語である。原語は、<shut up the country>である。
 西洋の本というのは、ケンペルの書いた「廻国奇観」である。ケンペルはオランダの医師で長崎に三年間滞在した。オランダの医師ではあるが、オランダ人ではない。シーボルトと同じドイツ人である。
 ケンペルは表向きは医師であったが、本質は大博物学者といってよいほどの、いろいろなことに興味を示す探究家であった。日本の地理・歴史・風俗・植物・動物などを調べるだけ調べた。ケンペルは二度ほど江戸に行き、徳川将軍に謁見している。
 ケンペルは故郷のドイツに帰ると、日本のことについて詳細な著述をした。それが「廻国奇観」であり「日本誌」である。「日本誌」は題名の通り、日本について書かれた本である。
 「日本誌」は日本ではあまり有名ではないが、欧米では、日本を研究する上で欠かせないものである。18世紀以降、西洋人が日本を研究しようとすれば、かならず「日本誌」に目を通すといわれている。それにもまして、元禄期の日本を知る貴重な資料である。
 江戸時代の研究はかなり進んでいるが、庶民の生活など今でもわからないことがある。「日本誌」がたいへん参考になる。
 さて、「日本誌」には一体何が書かれているのであろうか。さぞや、日本のことを西洋の国に遅れた野蛮な国と書かれていると思いきや、意外なことが書かれている。次の「日本誌」の中の『鎖国論』を御一読あれ。

「この民は習俗、道徳、技芸、立ち居振舞の点で世界のどの国民にもたちまさり、国内交易は繁盛し、肥沃な田畑に恵まれ、頑健強壮な肉体と豪胆な気象を持ち、生活必需品はありあまるほどに豊富であり、国内には不断の平和が続き、かくて世界でも稀に見るほどの幸福な国民である。もし日本国民の一人が、彼の現在の境遇と昔の自由な時代とを比較してみた場合、あるいは祖国の歴史の太古の昔を顧みた場合、彼は、一人の君主の至高の意志によって統御され、海外の全世界との交通を一切断ち切られて完全な閉鎖状態に置かれている現在ほどに、国民の幸福がより良く実現している時代をば、ついに見出すことは出来ないであろう」(小堀圭一郎訳)

 これが当時の日本の本当の姿とは断定できないが、ケンペルの目には、日本は世界一の豊かで幸福な国と写ったようである。鎖国というものを、現代の私たちは否定的に見てしまうが、ケンペルは鎖国を礼賛し、そして、その政策を推進する君主(徳川将軍)を称賛している。
 実は、江戸時代の日本を誉めるのはケンペルだけではない。日本に来た西洋人のほとんど日本のことを激賞している。特に、日本人の徳を誉めている。日本人は正直であり、約束を守り、礼儀正しいとして、世界一の徳のある民族だとしている。
 ところが、この事実を無視して、日本史の教科書には日本人礼賛のことの記述はない。江戸時代を暗黒な封建社会として見る歴史学者がいることが問題なのである。

日本橋 長崎屋案内板

築地 あかつき公園 シーボルト像


 ヨーゼフ・クライナー編「ケンペルのみたトクガワ・ジャパン」は西洋と日本の研究者たちのケンペルに対する評価をまとめた論文集である。
 この本を一読するに、ケンペルの著作がいかに18世紀以降の知識人に影響を与えたかを知ることができる。あのニュートンまで読んでいたという。
 このことを逆に考えれば、日本という極東のはずれの国がいかに西洋の国から興味をもって見られていたかである。決して、自惚れてはいけないが、日本は西洋よりはるかに優れた国という見方もあったのである。
 この本を読むと、日本人学者による日本史研究に、その時代、世界が日本をどう見ていたかの視点が欠けているかがよくわかる。内向きの志向で日本の歴史は論じられない。世界から日本を見る視点を加えることによって、日本の歴史は相対化されるのである。
 まさに、歴史を見るというのは、現代の日本をどう見るかにも繋がるのである。

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 写真上は、東京都中央区にある日本橋です。江戸時代に日本の街道の起点になり、現在も続いています。

 写真下は、日本橋室町四丁目二番地付近に建っている長崎屋跡の案内板です。案内板に次のように記されています。
< 江戸時代、ここには長崎屋という薬種屋があり、長崎に駐在したオランダ商館長の江戸参府時における定宿でした。諸外国のうち、鎖国政策のため外国貿易を独占していたオランダは、幕府に謝意を表するために江戸へ参府し、将軍に謁見して献上品を贈りました。
 江戸参府は江戸前期から毎年行われており、商館長の他、通訳、医師などが長崎からにぎやかに行列して江戸に来ました。しかし、経費の問題もあり、江戸中期からは四年に一回となっています。
 随行したオランダ人の中には、ケンペルやツンベルク、シーボルトなどの医師がいたため、蘭学に興味を持つ青木昆陽・杉田玄白・中川淳庵・桂川甫周・平賀源内をはじめとした日本人の蘭学者、医師などが訪問し、江戸における外国文化の交流の場として、あるいは、先進的な外国の知識を吸収する場として有名になりました。
 この地は、鎖国下の日本における数少ない西洋文明との交流の場として貴重であり、区民史跡に登録されています。>

 その下の写真は、築地の公園に建っているシーボルト像です。案内板には次のように記されています。
< フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、オランダの商館医員として文政六年(1823)七月、長崎に到着し、診療の傍ら長崎の鳴滝に塾を開くなどして活躍した。
 同九年正月、商館長と共に江戸へ向かい、三月四日、日本橋の長崎屋に止宿し、四月十二日出発するまでの間、江戸の蘭学者に面接指導し大きな影響を与えた。しかし、同十一年シーボルト事件が発生し、十二月に日本から追放された。後に安政六年(1859)幕府顧問として再来日したが、まもなく帰国しミュンヘンで没した。
 彼の江戸における指導は、江戸蘭学発展のために貢献するところが大きかった。この地が江戸蘭学発祥のの地であり、且つ彼が長崎でもうけた娘いねが築地に産院を開業したこともあり、また明治初期から中期にかけてこの一帯に外国人居留地が設けられていたことから、ここに彼の胸像を建て、日本への理解と日蘭の橋渡し役としての功績に報いるものである。>

<日本橋の写真>

日本橋 道路元標

 写真上は、日本橋にある日本国道路元標です。

日本橋 里程標

 写真上は、日本橋にある里程標です。

旧日本橋魚市場跡の石碑

 写真上は、日本橋魚市場跡の石碑です。一日千両の商いがあったそうです。

日本橋川

 写真上は、日本橋魚市場跡の場所から写した日本橋川です。

首都高速道路 日本橋看板

 写真上は、日本橋の上を通る首都高速道路です。この首都高速道路は無くせないものだろうか?

<日本橋周辺の写真>

三越日本橋店

 写真上は、日本橋魚市場跡から写した三越日本橋店新館です。

三越案内板

 写真上は、三越本店の案内板です。ケンペルも三井呉服店を見学したのだろうか?

三井本店

 写真上は、三井本館の看板です。

 余談ですが、古典落語に「三井の大黒」があります。名人と呼ばれた大工・左甚五郎を主人公とした噺です。三井呉服店が繁栄するきっかけは、恵比寿像と大黒像の存在です。1時間近くかかるユーモアたっぷりの大作ですが、噺の最後は「商いは濡れ手であわのひとつかみ、守らせたまえ二つかみたち」と締めくくられます。

日本橋 今井橋跡案内板

 写真上は、今井橋跡の案内板です。大工・左甚五郎が世話になった大工の棟梁政五郎宅があったところで、江戸時代は神田八丁堀といい、大工職人の町でした。

日本橋 十軒店案内板

 写真上は、十軒店(じゅけんだな)跡の案内板です。案内板には次のように記されています。
< 十軒店は、日本橋から北へ向かう大通りに面する、本石町二・三丁目と本町二・三丁目との間に挟まれた小さな両側町でした。町名は江戸時代初めに商家が十軒あったことにちなむとされます。
 三月の上巳(じょうし 桃)の節句には内裏雛(だいりびな)・禿人形(かむろにんぎょう)・飾道具等を、五月の端午の節句には冑人形(かぶとにんぎょう)・鯉のぼり等を商う人形市が立ち、十二月の歳暮の破魔矢・羽子板等を商う市とあわせて、大変なにぎわいを見せていました。
 特に上巳の節句の際には、江戸市中に立った他の雛市と比べても、そのにぎわいは際立っていました。葛飾北斎『画本東都遊』(えほんあずまあそび)には、店先に小屋掛けまで設けて繁盛している様子が描かれています。
 明治維新後、十軒店の人形市は急速に衰えてしまいます。この地は本石町十軒店と称されていましたが、明治四十四年(1911)に十軒店町となり、昭和七年(1932)に旧日本橋区室町三丁目に編入されました。>

 併せて読むと、江戸時代、特に幕末がよく理解できます。江戸時代の文化文明の進歩の度合いが、その後の日本と朝鮮の差として現れます。
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